物語を知り、伝え、受け取る――
広報に、レザーソムリエが活きる理由

Leather SommelierSTORY
Vol.22 土屋鞄製造所/高橋夏生さん
レザーソムリエの資格取得は、ゴールではない。大切なのは、レザーソムリエになることで、より革のある暮らしを楽しむことだ。土屋鞄製造所(以下:土屋鞄)でランドセル事業の広報を務める高橋夏生さんは、レザーソムリエの資格を得ることで、発信面で大きな効果があったと話す。

自分の言葉で語るために、
レザーソムリエへ挑戦

高橋さんは、2020年1月、土屋鞄に入社した。それまで数社でPRに携わってきた彼女は、同社でも広報を担うことになる。担当は、ランドセル部門。

ランドセルは、ある種特殊な革製品だ。革の魅力といえば経年変化がもたらす風合いが挙げられるが、ランドセルでは軽さや丈夫さが優先される。つまり、革製品らしさよりも機能やデザインで選ばれることが多いアイテムなのだ。極端に言えば、売り手も皮革の深い知識がなくても取り扱うことができる。だが、PRパーソンである高橋さんにとって「革をよく知ること」は不可欠だった。

「広報として製品について話すときに、ただプレスリリースを読み上げるのではなく、自分の言葉で話したかったんです。弊社は創業当初から革を扱い、ランドセルには高度な技術が織り込まれています。そこを肌で知っているかどうかで、伝わり方はきっと違ってくると思うんです」

社内間のコミュニケーションでも、革の知識は重要だと感じていた。社内は職人や商品企画など、革のプロフェッショナルばかり。そんな彼らと話していると、自分の無知を痛感した。

「皮革についてちゃんと学びたい」――入社当初は皮革について知らない単語や技法があるとその都度調べていた高橋さんだったが、PRパーソンとしてネクストステージに進むために、レザーソムリエへの挑戦を決めたのだった。

知識があることで、
ものづくりのすごみを理解

レザーソムリエ取得に向けた試験勉強を通して、新たな学びは多かった。特に皮から革になる「なめし」については、ランドセルの広報業務ではあまり知る機会のない部分だ。難しい箇所は、社内の職人に質問をして学びを深めていった。そして試験当日。「ベルトなどの小物についての問題は苦戦しました」と苦笑するが、見事に合格。早速、レザーソムリエの学びが活きる場面があったという。

「毎年秋に小学校向けの社会学習を開いているのですが、こどもたちから『どうやって色をつけているの?』とか『なんで牛革を使うんですか?』といった質問がありました。それに対して、きちんと理解したうえで答えられたのは、レザーソムリエ取得時の学びの成果ですね」

だが、本質的な成果は、「職人さんへのリスペクトが深まったこと」だと高橋さんは言う。

「つくり手がどういう視点で仕事に取り組み、どんな工夫をしているのか。それを分かるためには知識が必要で、レザーソムリエを経て土屋鞄のものづくりにより誇りを持てるようになりました」

こどもたちへの優しいまなざしと、
妥協なきものづくり

※画像提供:株式会社 土屋鞄製造所

ランドセルは、土屋鞄の原点であり、看板商品だ。創業者である土屋國男さんには「こどもたちが初めて永く使うことになるカバンだから、飽きのこないシンプルなデザインと、丈夫さ、そして品格を備えていることが大事だ」という信念があった。以来約60年、土屋鞄はその信念を守りながら、日本のランドセルを進化させてきた。

「素材の選択肢や軽量化の工夫など、時代によって変わってきた部分はありますが、私たちのものづくりへの細やかなこだわりは変わりません。たとえば、場所によってステッチの太さや数を使い分けていますが、これは丈夫さだけでなく、奥行きのある見た目の美しさにもつながっています」

ちなみに創業者の土屋さんは、85歳(2023年8月現在)にしてほぼ毎日同社の工房に立ち、後進の指導にあたっているという。

「いくつになっても妥協なくものづくりに取り組む姿は社員の私から見ても本当にかっこいい。そんな誇るべき職人の想いや技術を伝えていくことは、私たち広報の使命だと思っています」

レザーソムリエとなり、卓越したものづくりを深く知ることで、発信すべきコトの解像度は高くなる。実際、土屋鞄のSNSやメディアでの発信は、ただの商品紹介にとどまらず、つくり手や使い手の“物語”にフォーカスすることで多くのファンを生んでいる。そのブランディングは、皮革業界を超えて多くの企業に参考にされているほどだ。だが、その根底にあるのは、ものづくりに対するまっすぐで深いリスペクトなのだ。

革製品に宿る物語を、
紡ぎ続けるために

土屋鞄で過ごした3年半。高橋さんは、数々のお客様の“物語”に接してきた。物語を言い換えれば、大切な思い出のことだ。20年愛用している財布、社会人になったお祝いで買った鞄、大切な人へのプレゼント……そこには永く使える革製品だからこその、それぞれの人生の彩りがある。

「ありがたいことに、小学校卒業時にお客様から手紙をいただくことが度々あるんです。6年間、いかに大切に使っていただいたか、ランドセルがお子様に寄り添えていたか。皆様の温かい言葉を読んでいると、胸が熱くなって……。こうして物語を生む製品をご案内できるということが、やっぱり、この仕事の醍醐味ですよね」

そして、製品を使い続けてもらえる限り物語は生成し続ける。だから、土屋鞄はメンテンナスやリペアなどを通して継続的なコミュニケーションを取っていくことで、顧客の製品と物語を、永く永く保とうとする。これも、堅牢性に長けた革製品だからこそできる関係性づくりだ。

土屋鞄が「時を超えて愛される」理由

高橋さんには、今後積極的に発信していきたいテーマがあるという。“サステナブルなものづくり”。これはレザーソムリエ資格取得に向けて学んだことで得た“気づき”でもある。皮革は食肉の副産物であり資源活用・循環に貢献している。その上で近年は負荷の少ない生産工程や、環境に優しい素材や技術も出てきており、時代の流れに敏感なメーカーはSDGsに力を入れている。皮革を深く知ることが新しいテーマの打ち出し方に繋がっていった。例えば、

「いま、私たちは『クラフトクラフツ』というプロジェクトに力を入れています。これは、革製品のケアサポート・リペア・リメイク・リユースを通して、革製品を永く受け継がれていくものにしようというチャレンジです。たとえば使い終わったランドセルは、ペンケースや卓上カレンダーに生まれ変わり、成長しても、大切な思い出をそこに感じることができます。想いや愛を受け継いでいくストーリーは、若い世代の方からも共感をいただいています。これからの土屋鞄にとって、大切な取り組みだと考えています」

レザーソムリエとなったことで、このようなプロジェクトの発信においても説得力が増した。

※画像提供:株式会社 土屋鞄製造所

こうした新しいプロジェクトの根底にあるのは、「時を超えて愛される価値を作る」という土屋鞄のミッションだ。革製品ゆえの耐久性や経年変化の風合い、そしてそこにひもづく色とりどりの物語。それらすべてを大切にすくい取って、ものづくりや発信に活かしていく。創業から約60年、「時を越えて愛される価値」は、ますます高まっている。

2023.12.25

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